ハッピーバレンタイン

今日はバレンタインデー
女の子が想いを伝えるチャンスが訪れる
年に一度のスペシャルデー


そしてここにも一人
憧れのあの人に想いを伝える為に
手作りのチョコレートを鞄に敷き詰め
体育館裏に向かう女の子が


高鳴る鼓動
耳を真っ赤に染めながら
うつむき気に待つその娘のもとに
一人の男性が近づいてきた


一見細身に見える肢体だが
しっかりとした筋肉
その長い手足をしならせながら
相手に絡みつき離さず
じわじわと相手の体力を削っていく憧れの先輩


その目は暗闇でも優秀に働き
闇に潜みながら獲物を追い詰める
月の無い夜に先輩に出会った者には
瞬く間も無く死が訪れる


戦場でついたあだ名は「うみうし」
敵も味方も先輩を恐れた


だが、彼女は知っていた
彼は誰よりも優しい心を持っていることを
それは、半年前のこと


下校途中に彼女は見たのだ
捨てられた子猫の面倒を見ている彼の姿を
彼は猫が鳴く度に
その甲虫の様な形相を緩めていた
戦場で幾人殺めようと決して動く事の無かった表情が
一匹の子猫によって歪められた


それから彼女は彼の事が気になりだした
あの、甲虫顔も慣れれば可愛く思えないことも無い
ある日の放課後、彼女は彼に話しかけた
一瞬驚いたようだったが表情はすぐに甲虫に戻った


それから彼と彼女はよく話をするようになった
内容は他愛の無い政府のトップシークレットの話だったが
それでも楽しかった
彼が時折見せる管のような舌を出しながらの照れ笑いが可愛く感じた


そして今日
彼女は彼に想いを告白する決意をした


「あの…」
長い沈黙が彼女の一言で破られる


その次の瞬間、彼の腕が彼女のチョコレートを捕らえた!!

こやつ…我が思いを伝える前にチョコを奪おうと言うのかっ…!!


そうはさせない!彼女はこの日の為に
駅前留学「ロスト・パラダイス」で己が術に磨きをかけていたのだ


彼女の肉は岩、骨は鋼鉄
それは既に「鍛えた」でなく「進化」のレベルに達していた


「キヒャアアアアアアアアッ!!」


彼の長い両腕がチョコへと伸びる!
しかし彼女の手刀が腕を切り裂いた!!


離れた2本の腕が地面でのた打ち回る
これが…先輩の生命力!!
例え脳から離れ、司令塔を失おうとも
獲物を仕留める本能は失わない!!


両腕が地を這い、彼女の両足を掴む
その刹那―上空から先輩が襲い掛かる


先輩の口が八方に開き、チョコへと向かってくる
足はとられ、動く事が出来ない


避けるが不可能ならば迎え撃つまでの事



両腕に全神経を集中させ
死ぬ覚悟―殺す覚悟をした


―――ズドンッ!―ー


腕が胸を貫き
先輩の背中からは深紅に染まった彼女の腕が2本、生えていた


「フフフフッ…見事だ…久しぶりに…楽しいイベントだったよ…」
「先輩…」
「ああ…そうだ、あの猫の世話を頼むよ…まだ小さく、狩りもできんのだ」
「…任せてくれ」
「出来れば私が狩りを教えたかったがな…この腕ではそれも…かな…わ…ん」


二度と動く事の無いその口には
チョコレートが銜えられていた